武者小路実篤の詩の最近のブログ記事

 老いたるレンブラント    武者小路実篤

老いたるレンブラントは
一心に画をかいてゐる。
誰もわかつてくれるものはない
だが彼は一心に画をかいてゐる。
知己を求める気もなく、
自慢する気もなく、
金をとる望みもなく、
その他のぞみもなく、
たゞ一心に画をかいてゐる。

(『詩千八百』「武者小路實篤全集」第11巻、小学館、1989年)

 達人は     武者小路実篤

達人は力一杯の仕事もすれば
又やさしく
竪琴をかきならすことも
知つてゐるものだ。

(『詩千八百』「武者小路實篤全集」第11巻、小学館、1989年)

 遠大な志     武者小路実篤

遠大な志をもち
思慮ぶかくして
鉄の如き意志を有し
しかも快活にしてほがらかな心をもつ
新しく生まれた種族よ。
自分は君達のくるのを待つてゐた。
祝福をおくる。

(『詩千八百』「武者小路實篤全集」第11巻、小学館、1989年)

 この道より     武者小路実篤

この道より
我を生かす道なし
この道を歩く。

(『詩千八百』「武者小路實篤全集」第11巻、小学館、1989年)

生長 武者小路実篤

 生長     武者小路実篤

どうしてもとゞかなかつた枝に
ふと手をあげて見たら
楽にとゞくやうになつた。

(『詩千八百』「武者小路實篤全集」第11巻、小学館、1989年)

 矢を射る者     武者小路実篤

俺の放つ矢を見よ。
第一のはしくぢつた、
第二の矢もしくぢつた、
第三の矢もまたしくじつた。
第四、第五の矢もしくじつた
だが笑ふな。
いつまでもしくぢつて許りはゐない。
今度こそ、
今度こそと
十年余り
毎日、毎日
矢を射つた。
まだ本物ではないにしろ
たまにはあたりだした
見よ
今度の大きな矢こそ
人類の心の真たゞなかを
射あてゝみせる
そしてぬけない矢を
俺の放つ矢を見よ。

(『詩千八百』「武者小路實篤全集」第11巻、小学館、1989年)

 師よ師よ     武者小路実篤

「師よ、師よ
何度倒れるまで
起き上らねばなりませんか?
七度までゝすか?」

「否!
七を七十倍した程倒れても
なほ汝は起き上らねばならぬ」

(『詩千八百』「武者小路實篤全集」第11巻、小学館、1989年)

 バン・ゴオホ     武者小路実篤

バン・ゴオホよ
燃えるが如き意力もつ汝よ
汝を想う毎に
我に力わく
高きにのぼらんとする力わく
ゆきつくす処までゆく力わく
あゝ、
ゆきつくす処までゆく力わく。

(『詩千八百』「武者小路實篤全集」第11巻、小学館、1989年)

  かくて私は私     武者小路実篤

私は一人静かに机に向つて
正直に自分の思つていることを
何のこだわりもなく
かけるのを喜んでいる。

私は新しき村の仕事を始めたが
演説会をしても
集つてくるものは少ない
雑誌を出しても読む人は実に少ない
だが自分はそれで少しも悲観してはいない。
おかげで僕は時間持ち
自分の思う通りに生活して
自分の思う通りの仕事が出来る。
誰の事を考えても
正直にかきたいものがかける
この事は実にありがたい。
何にものにも変えがたい
私は死後に
多くの読者を喜ばす事が出来ることを
空想するが、
それが出来ないでも
私はうそを書かないですめた事を喜び、
誰にも邪魔されずに
机に向える事を喜んでいる。

百万人の仲間が出来ても
嘘をついたり
心にもない行動をとつたり
余計なことを言わされては困る。
私は一人の読者がなくとも
正直にものがいいたい
又正直な画がかきたい
それが出来る自分を
この上なく喜んでいる
かくて私は私である。
ありがたき哉。

(『詩千八百』「武者小路實篤全集」第11巻、小学館、1989年)