かくて私は私   武者小路実篤

  かくて私は私     武者小路実篤

私は一人静かに机に向つて
正直に自分の思つていることを
何のこだわりもなく
かけるのを喜んでいる。

私は新しき村の仕事を始めたが
演説会をしても
集つてくるものは少ない
雑誌を出しても読む人は実に少ない
だが自分はそれで少しも悲観してはいない。
おかげで僕は時間持ち
自分の思う通りに生活して
自分の思う通りの仕事が出来る。
誰の事を考えても
正直にかきたいものがかける
この事は実にありがたい。
何にものにも変えがたい
私は死後に
多くの読者を喜ばす事が出来ることを
空想するが、
それが出来ないでも
私はうそを書かないですめた事を喜び、
誰にも邪魔されずに
机に向える事を喜んでいる。

百万人の仲間が出来ても
嘘をついたり
心にもない行動をとつたり
余計なことを言わされては困る。
私は一人の読者がなくとも
正直にものがいいたい
又正直な画がかきたい
それが出来る自分を
この上なく喜んでいる
かくて私は私である。
ありがたき哉。

(『詩千八百』「武者小路實篤全集」第11巻、小学館、1989年)