師よ師よ     武者小路実篤

「師よ、師よ
何度倒れるまで
起き上らねばなりませんか?
七度までゝすか?」

「否!
七を七十倍した程倒れても
なほ汝は起き上らねばならぬ」

(『詩千八百』「武者小路實篤全集」第11巻、小学館、1989年)

 バン・ゴオホ     武者小路実篤

バン・ゴオホよ
燃えるが如き意力もつ汝よ
汝を想う毎に
我に力わく
高きにのぼらんとする力わく
ゆきつくす処までゆく力わく
あゝ、
ゆきつくす処までゆく力わく。

(『詩千八百』「武者小路實篤全集」第11巻、小学館、1989年)

 新村堂(新しき村東京支部)
〒101-0051 東京都千代田区神田神保町2-11 メゾン・ド・ヴィレ801号室 
電話 03-3261-4913(木曜会・月例会を開いている時間帯のみ通じます)

最寄の駅は、東京メトロ三田線・新宿線・半蔵門線「神保町駅」です。
A1の出口からですと、歩いて1分もかかりません。
JR「水道橋駅」または「御茶ノ水駅」からですと、歩いて20分位です。

ロック式なので、玄関を入ったら右手の装置で室番「801」を押し、次に「呼出」ボタンを押して下さい。
常時は人がいないので、時間前だと応答がなく入れないことがあります。
●木曜会
毎週木曜日 午後6時~8時
(ただし、1月の第1木曜、12月の最終木曜には開きません。)
●月例会
毎月第1日曜日 午後2時~4時
(ただし、1月は第2日曜に開きます。)

いずれも、思っていることを話したり意見を交換したりする、懇話会です。
新しき村に興味のある方のご参加を歓迎します。

地図 新村堂:
地図だけ新村堂2014

ある日の木曜会:
木曜会の様子

―郷愁の詩人・漂泊の画家―
城米彦造(じょうまい・ひこぞう)(明治37年~平成18年)

 「街頭詩人」と称され、戦後の東京・有楽町駅の日劇口(当時)で自作の詩集を売り、多くのファンを集めた詩人・画家が2006年5月、老衰のため都内自宅で大往生。若い頃から武者小路実篤の"新しき村"に参加し、終戦直後の混乱期に東京支部長も務めている。明治、大正、昭和、平成と激動の4時代を生き抜く102年だった。
 ライフワークとして古きよき日本の風景を描き続け、「東京百景」「東海道五十三次」「京都百景」など詩心あふれる多数の作品は、昔を懐かしむ人々の共感をよんでいる。

城米2014
城米彦造サイト(城米彦造記念会)http://www.jyomai.jp/

「銀座、歌舞伎座前」城米彦造:
jomai歌舞伎座前

詩集『街頭詩人・画家 城米彦造"昭和を謳う"』(城米彦造記念会刊行、
新しき村出版部、2008年、980円)は、新しき村美術館で販売しています。

  自分の考えと村の人の考え     武者小路実篤

 自分の考えは自分の考えだ。自分の思想は自分の思想だ。
自分の主義主張は自分の主義主張だ。村の人は皆同じ考えを
もっていると思えばまちがいだ、村の人は皆同じ思想、同じ信仰、
全く同じ主義を持つと思えばまちがいだ。新しき村の生活、協力
の生活の正しいと云うことでは同じ考えをもっていることは云う
迄もないことだが、その他に就ては皆別の考えをもっている。
そして各自、自分の考えを正しいと思い、それを主張する自由を
もっている。村では信仰も、思想も自由だ。孔子が「君子は和して
同ぜず、小人は同じて和せず。」と云うのは真理だ。和するのが
大事だ。同ずる必要はない。雷同は君子の恥じる所だ。君子
同士は調和するが自分の信ずることを信ずる。好んで異をたて
ない。しかし好んで同じない。自分の確信することを確信する。

(『雑二十六』「武者小路實篤全集」第4巻、小学館、1988年。ただし、現代仮名遣いに改めた)

  新しき村では     武者小路実篤

 新しき村ではすべての会員が自己を生かして、其処に美し
い調和を生み出すように、新しき村の土地でも、いろいろの
草木、動物が自己を生かして、其処に統一された美を発揮す
るものでありたい。
 もっと具体的に云うと新しき村では、人間はかくしなけれ
ば生きられないものだと云う呪いをとき、かくしても生きら
れるものだと云う喜びを味わいたいのだ。だから土地も、金
をとるとか、食うとかを唯一の目的とせず、それ等の目的が
露骨になりすぎず、それらがつつしみ深く全体の内にかくさ
れている必要がある。則ち新しき村では果樹も、野菜も、稲
もうえられるとする。しかしそれ等はお互に礼儀をまもって
全体の美を損ねないようにし、反ってそれ等の美が全体の美
を助け、そしてお互に保護しあい、助けあうことを理想にす
る。
 新しき村には田圃も、畑も、果樹園も、茶畑もあり、鶏も、
豚も、山羊も、家鴨も、鵞鳥もいるが、それ等はお互に居る
べき所にいて、他の美をさまたげない。皆がつがつした感じ
を与えないようにつくりたい。
 全体が一つの庭園であって、そのくせ実用にも背かないも
のでありたい。梅林があり、桃園、梨園があるとする。それ
は庭園の美を損ねないものでありたい。実用と美がここでは
お互に握手出未るだけ握手さしたい。
 それが何処まで出来るかを自分達の仕事の一つにしたい。
こう云うことは西洋の田園都市ではやっているのかも知れな
い。可なり立派にやっている所もあるらしい。しかしそれは
西洋人風に生かしているのである。自分達はそれを新しき村
風に生かしたい。其処に我等の精神をいつかは表現するもの
にしたい。
 今の自分達は資本もなく、力もなく、才能も未熟だから、
中々そううまくはゆかないかも知れない。しかしこの精神で
進みたい。
 そしてかくしても人間は生きられることを示したいのだ。
生活に逐われすぎずに、生活を楽しめるだけ楽しみたいと
思っている。勿論楽しむと云うのはらくをしたいと云うので
はない。身体の筋肉も生かし、活気も生かし、そして生活の
為に戦う以上の勇気と賢さをもって新しき村の住人として恥
かしくない、誇りとなる楽しみを楽しみたいと思うのであ
る。この精神を何処までも何処までも生かしてゆきたいと
思っている。勿論当分は生かせないことは知っているが。
(十四日小林町にて)

(「この道を歩く」角川書店、昭和33年。ただし、ルビを省いた)

  かくて私は私     武者小路実篤

私は一人静かに机に向つて
正直に自分の思つていることを
何のこだわりもなく
かけるのを喜んでいる。

私は新しき村の仕事を始めたが
演説会をしても
集つてくるものは少ない
雑誌を出しても読む人は実に少ない
だが自分はそれで少しも悲観してはいない。
おかげで僕は時間持ち
自分の思う通りに生活して
自分の思う通りの仕事が出来る。
誰の事を考えても
正直にかきたいものがかける
この事は実にありがたい。
何にものにも変えがたい
私は死後に
多くの読者を喜ばす事が出来ることを
空想するが、
それが出来ないでも
私はうそを書かないですめた事を喜び、
誰にも邪魔されずに
机に向える事を喜んでいる。

百万人の仲間が出来ても
嘘をついたり
心にもない行動をとつたり
余計なことを言わされては困る。
私は一人の読者がなくとも
正直にものがいいたい
又正直な画がかきたい
それが出来る自分を
この上なく喜んでいる
かくて私は私である。
ありがたき哉。

(『詩千八百』「武者小路實篤全集」第11巻、小学館、1989年)

日時:2014年11月9日(日)午後1:30より
場所:ハーモニープラザ
    (調布市仙川町1-6-10、
     ハーモニーパーキング〈=仙川商店街駐車場〉内にある事務所の2階です)
会費:500円(※赤飯をご用意します)
地図:
新しき村 96周年 創立記念会 会場への地図
2006年の新しき村創立記念会:
新しき村 96周年 創立記念会 会場への地図

日時:5月11日(日)午後1:30より
場所:調布市東部公民館(京王線仙川駅、つつじヶ丘駅下車)
会費:500円(※お赤飯をご用意いたします)
地図:
武者小路実篤先生 生誕129年祭 会場への地図

2014年5月1日より当ホームページの体裁が変わりました。
今後ともよろしくお願い致します。

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